梅雨も明け天気が良かったのでオクさんと散歩してきました。
久しぶりに市役所から牧志駅まで歩きました。
すると
恐竜にあって
ミッキーにあって
美人にあえました。
中国語や韓国語の喫煙注意表示までありました。
たまには歩いてみるもんです。
ジャーメインが会見して公式に死亡を発表しました。
『king of pop」マイケル・ジャクソンさんが他界してしまいました。
66年生まれの自分はまさにオンタイムで「スリラー」や「WE ARE THE WORLD」のPVをみていました。
「スリラー」のヒットする前、彼がCM(スズキのスクーター「ラブ」でしたか)で「Don’t Stop ‘Til You Get Enough〜今夜はドント・ストップ〜」を歌っているのを見たのがはじめてのマイケル体験でした。
まだ色が黒くてさわやかで晩年とは真逆でしたね。
彼が6歳からスーパースターだったことを知らなくてジャクソン5時代の曲はスリラー以後に聴きました。
マイケル坊やの歌う「BEN」。天使の歌声とはこのことかと思いました。
「ABC」可愛かったなあ。
今の音楽界、スーパースターはたくさんいます。「ローリング・ストーンズ」「ブラック・アイド・ピーズ」・・
でも世界中、あらゆる国、あらゆる世代に広く知られたポップスターは彼が最後じゃないですかね。私の80代の母でさえ知ってます。
80年代に韓国に留学したとき、モンゴルやアフリカ、東南アジアなどからの学生と一緒でした。僕らが学食ではじめてかわした会話がマイケルのことだったと記憶しています。
育った環境、文化、言語。それらを飛び越えた共通の言語として「マイケル」が存在してました。
「俺はこの曲が好き」「いやあれは駄作だろう」「じゃああれは?」「俺はスリラーのPVを3キロ離れた村役場まで行って観た」
それまで黙々とビビンバ食べてたのに、それからは会話に華が咲きました。
あれから20年あまり、テレビではマイケルさんの死を伝えています。バックではマイケル坊やの歌う「I,ll Be There」が流れています。
テレビの音が我慢できないときがあります。
いや、テレビは好きなんですよ。テレビっ子でしたから。
ただ、最近、番組の音が耳障りに感じるんですよ。なにか頭の中に直接突き刺さる感じとでも言えば良いのか。すごい刺激的すぎます。
それでかラジオをかけるようになりました。
テレビと違ってなにかにくるまれたようなソフトな音で安心できるんですよ。
聴く番組もNHKの「ラジオ深夜便」がお気に入り。
でも、あれって高齢者向けじゃなかったっけ?
老けたのかなあ?
今年も「慰霊の日」を迎えました。
あの時、地上戦を体験された方、家族や友人を失った方。
多くの悲しみを抱えながらの年月だったと思います。
テレビから聞こえるその声からは大切な者を取り返せない悔しさ、そして「悲劇をくりかえしてはいけない」「子供たちにあんな思いをさせてはいけない」という強い思いが伝わってきます。
今、私や家族が楽しく暮らすこの地であんな悲劇があったこと。
日頃、忘れがちですが、一年に一度、6月23日になると思い出させてくれます。
平和に感謝。そしてそれは当たり前のことではないんだ。ということを心に刻ませてくれる6月23日・・・
会社で健康相談を受けてきました。
相談員のかたが昨年の人間ドックのデータをみながら食生活や運動、睡眠について尋ねます。
いくつかの質問に答えていると、おもむろに何かの用紙をだして記入しはじめました。
そして、それを私にさしだしながら「あなたは積極的に指導をしなければいけないので、毎日この用紙に記入してあとでファックスしてください」
見ると、「睡眠2時間前からは食物を摂取しない」「週に2回は運動する」「ゆっくり食べる」などの文言があり日付けが7月15日まで記載されていました。
毎日記入しなければならないと思うと少し憂鬱ですが最後に彼女のいった一言
「お子さんのためにも頑張りましょうね」
この殺し文句は利きました。
今日は食事を早めにすませビールもなしです。(ρ_;)
世界的に100年に一度の不況だそうです。
100年前には生まれてなかったんでホントかどうかわかりません。
ただ、空港で外国のお客様を相手にしているとその数が激減していることを身にしみて実感しています。
まあ、売上げもそれなりに落ちてます。
ですが、この状態が必ずしも悪いとは思いません。
お客様に追われないからこそ時間がつくれるし、日頃後回しにしている業務をかたずけることができます。実際、何年も前からの懸案事項をなくすことができました。
暗い顔をしないで神様がくれたチャンスだと思って明るくいきましょう(o^-^o)
明けない夜はないんだぜ
放置していたブログ、思うところがあって心機一転、再会することにしました。
つづくかな?