課題を解決するって大変です。
韓国で暮らしてたのは、軍事独裁政権から民主化へと変わり始めた頃。
社会のひづみや大衆の鬱積した思いが膿のようにでてきて毎日のようにデモが行われ、街は催涙弾の煙で真っ白、戦闘警察が学生を追い回し警棒で殴りつける。そんな光景が日常の風景。
そんな時代でした。
ウチの向かいに活動家の集まるアジトがあって時々、お邪魔させてもらいました。
ある活動家と話してたとき、私が「この国は課題がいっぱいで大変だね」というと彼が「だからいいのさ。課題がはっきりしてるからするべき行動もはっきりと分かる。行動して少しずつでも解決したら国が変わって行くことを体感できる。幸せなことだろ?」
街で起きてる惨状をみるととても幸せとは思えませんでしたが、少なくとも彼らを見てて何かこう、精神的な充実感を得られてるように感じました。
実際、学生や労働者の活動で民主化を達成しつつある、社会を変えてきたという実感を持つ事のできる時代の活動家だったからそう言えたのでしょうけど。
あれから20年以上たって発展した韓国。彼らは今幸せなのか?それとも、あの頃のほうが良かったのか?
はたしてあの時代の課題は解決したのか?
尋ねてみたいな。
息子のミニバスのこと書いてたら「課題」って単語でてきて、彼のこと思い出してしまった。ハハ、ちょっとクラかったかなあ。


